発表と同時に多くのご予約申込が入り、2019年8月23日(金)の発売開始前から話題沸騰の、久々のスタジオモニターヘッドホン、MDR-M1ST。このニューモデルの誕生に深く関わるキーパーソンお二人への単独インタビューをお届けします。
7月某日。場所はMDR-M1STが誕生するきっかけにもなった、東京・乃木坂のソニー・ミュージックスタジオ(Sony Music Studios Tokyo) の某ルームにて取材を行いました。
MDR-M1STの開発に携わったお二人が、こちら。
株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ
ソニー・ミュージックスタジオ レコーディングエンジニア 松尾順二氏
松尾順二氏:CBS・ソニー時代の六本木・信濃町スタジオを経て、現在のソニー・ミュージックスタジオまで30年以上のレコーディングキャリアを持つ。これまでに玉置浩二、浜田省吾、T-SQUAREなど数多くのレコーディング、ミックス等を担当し、数々の賞を獲得しているレコーディングエンジニア。
ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社
V&S事業本部 商品設計部門 商品技術1部2課 潮見俊輔氏
潮見俊輔氏:ソニーに代々受け継がれる「耳型職人」の称号を持つ、ソニー主要ヘッドホンの設計開発に携わる「ヘッドホン職人」でもあるエンジニア。MDR-1A、MDR-Z1R、MDR-Z7M2など最近のソニーハイクラスヘッドホンの開発を主に担当。
フジヤエービック(以下「フ」):本日はご多忙な中、当方のお願いに快くお応え頂き、誠にありがとうございます。
今日は8月23日に発売されるモニターヘッドホン"MDR-M1ST"について、色々とお伺い致します、どうぞよろしくお願い致します。
松尾順二氏(以下「松」):いらっしゃいませ、よろしくお願いします。
潮見俊輔氏(以下「潮」):今日はよろしくお願いします。
フ:先日のOTOTEN2019での、お二方のトークショウを拝見しまして、MDR-M1ST誕生までの荒筋は確認させて頂きましたが、
ユーザーからの疑問・質問や、弊社の販売に当たって確認しておきたいことなどを中心に、ご質問させて頂きます。
#OTOTEN でのSONY MDR-M1ST開発者トークショー始まりました!スタジオ側の松尾氏とエンジニア側の潮見氏による開発秘話です!開発に4年かかったとのこと。 #mdrm1st pic.twitter.com/7Ntuz6ujWP
— FUJIYA AVIC フジヤエービック (@FUJIYAAVIC) June 29, 2019
フ:両ヘッドホンのインピーダンス、 MDR-CD900STは公称63Ω、MDR-M1STは24Ωですが、この点も全く意識はしなかったのですか?
潮:そうですね、まったくというわけではないですが、スタジオの機器との接続を考えたボトムは押さえつつも、音質などから詰めて行ったら、インピーダンスは結果としてこうなりました。
松:OTOTENの時にも話した、ヘッドホンを振ってもノイズが出ないように、なんかはレコーディングの際にとても重要なことで、これなどは現場での意見をフィードバックしてますね。
その背景には、マスタリングの際にヘッドホンでの音チェックをすることが増えてきたという現場側での変化による要請があります。
MDR-M1STはヘッドホン自体を振っても音がしない、モニタリングの際に余計な音が出ないようガタツキある部分にシリコンバンドを噛ましたりして対策してるとのこと。 #ototen #mdrm1st pic.twitter.com/pfBtAwzGb8
— FUJIYA AVIC フジヤエービック (@FUJIYAAVIC) June 29, 2019
松:そこが、プロのレコーディングスタジオも持っていてコンシューマー用ヘッドホンも作っていて、というソニーグループの長所だよね。
潮:逆にプロの方の意見をコンシューマー用モデルにフィードバックさせた例もあります。
フ:MDR-CD900STは今ではコンシューマーユーザーも多く使用されているのですが、MDR-M1STでは開発の際にコンシューマーの方の使用を想定しているような部分はありましたか?
松:MDR-M1STのリケーブル対応は、プロの現場からの意見を基にしたんですよ。ヘッドホンで一番破損断線しやすいのはケーブルのプラグ付け根の屈曲部分で、スタジオのリペア担当の方が「ケーブル取り換えられるようしたらメンテが楽なのですが」と言われたんですね。
ただ、もう一つは、実は私、ヘッドフォン祭にも何度か見に行っているんですよ。
フ:そ、そうなんですか!光栄です、ありがとうございます。
松:会場内はリケーブル花盛りじゃないですか、その中で特に「バランス接続」に可能性を感じましたね。
フ:バランス接続はもう10年以上前からヘッドフォン祭などで展示など行い 認知度を上げてきた 経緯があります。
最近はバランス端子装備のヘッドホンアンプやDAPも増えましたね。
松:実はこっそり、このスタジオでもバランス接続のテストしてみようと、バランス化改造してマスター音源など聴いてみたんですよ。これが、良い!
しかしまだスタジオ環境でのオールバランス接続化には時間かかるでしょうね、早くこのスタジオでも実現できないかな、と。
フ:ということは、オプションバランスケーブルの発売などもあるかも・・・!?
潮:今のところ計画には・・・そこはちょっとノーコメントで(苦笑)
ただしヘッドホン側はMDR-1Aなどと同じピンアサインになってるので、ソニーから出しているMDR-1AやMDR-1AM2用のバランス対応ケーブルも接続可能です。
MDR-M1ST のケーブルのヘッドホン側端子は3.5mm4極で、ピンアサインはMDR-1A系と同じですのでリケーブルも念頭においてます! #mdrm1st pic.twitter.com/6J6Q4BWrTD
— FUJIYA AVIC フジヤエービック (@FUJIYAAVIC) June 29, 2019
松:マスタリングの際などにも今はキューボックス(画像右下のヘッドホンアンプ)からヘッドホン出力を取るため、3m近いケーブルでは使いづらいのでもっと短いケーブルを使いたい、というケースもあるんですよ。
潮:純正ケーブル自体も相当なコストをかけています。
ケーブルの被覆は衣服などにまつわりにくいように、摩擦が減るよう細かい溝を入れた構造の素材を採用しています。
フ:この付属ケーブル、上質なパーツで組み立てられており端子も高級感ありますね。
潮:MDR-M1STの設計思想がコンシューマー用モデルと大きく違う部分として、メンテナンス性を上げることを優先条件とした設計になっている点が挙げられます。
「30年間パーツが入手できる」という事が一つの目標になっているので、ソニーのコンシューマーモデルに投入している最新技術が全部使えるわけではないんですね。
今後も安定した部品供給が見込めるかどうか、という点には注意を払っています。リケーブル対応もその一環です。
フ:なるほど、他にMDR-M1STの「こだわった部分」というのは、ありますでしょうか?
松:まずは「掛け心地の良さ」そして「軽いこと」ですね。
プロはヘッドホン被ったままで2時間とか平気で使いますので、長時間使用のためにはこの2点は徹底的に取り組んでほしいとお願いしました。
潮:ヘッドホン重量に寄与する部品は多数ありますが、例えばドライバーユニットの重量もMDR-CD900STと比較して相当軽くなりました。
求められる「掛け心地」についても試行錯誤をしながら詰めています。この点に関しては、私も設計に携わったコンシューマー用のMDR-1シリーズからのフィードバックもあります。
ネジはサビに強いステンレス製になっています。
フ:MDR-M1STのデザインも、今時のコンシューマー用モデルに勝るとも劣らないレベルだな、と感じます。
松:基本デザインがまとまってきたのは、発表の2年くらい前、ハウジング部のラベルは1年くらい前でしょうか。
デザインも、ソニー・ミュージックスタジオとソニーのコラボになっています。ここでも、MDR-CD900STはリスペクトしていますが一旦ゼロベースで考えようと仕切り直しをしました。
潮:あと、MDR-M1STはコンシューマー用のMDR-1A系などと明確に違う点があります。ハウジング部が回転して平たく収納できる点は同じなのですが、両機のハウジング部の回転方向は反対なんですよ。
MDR-1AM2などはSONYのロゴが良く見え、かつ首にかけた状態でハウジングのパッド部が身体側に来る設計になっていますが、MDR-M1STは耳から外して卓に置いて、また装着するときに素早くできるようパッド部が前面を向くようになっています。
松:あ、ここはMDR-CD900STより、というかみんなこれに慣れ親しんでいるので絶対に引き継ぐべきデザイン上のポイントがあります。L/Rの表示!
フ:ここが一番重要でしょうが、音質面ではどういった点にポイントを置かれたのでしょうか?
松:ひとつは先ほど申し上げた、、長時間リスニングでも疲れにくい、ナチュラルな音。でありながらスタジオモニターとして必要な絶対条件は「音の近さ」です。ヘッドホンの定位の中で、各音が「耳の近くで鳴っている」ように前に出てくる、音を近くにあるように感じられるような鳴り方は絶対に必要です。 最初の頃のプロトタイプは、歪みは少ないのですがモニターしてもらうと「音が遠い」と言われましたね、この点は「音が近くになるよう」、試行錯誤しつつ改良していきました。
もう一つは、スタジオモニターは中音域、ヴォーカル帯域がしっかりそのまま聴こえることが大事です。ここが「遠い」「聴こえにくい」と、ボーカリストが普段以上に声を張って歌うようになってしまい本来のパフォーマンスを損なう、というようなことも起こってしまいます。ここはミュージシャンの方も使うヘッドホンに求められる要件として大事ですね。
フ:MDR-M1STのイヤーパッドですが、これは全く新しく作ったものですね?装着した時のフィーリングがとても良く、しっかり耳にフィットする感じがとても気持ち良いです。
潮:コンシューマー機もそうなのですが、実はヘッドホンのイヤーパッドは音質への影響がかなりあるパーツで、音質評価の際には装着時のイヤーパッドの「潰れ度合い」まで計算に入れているんです。そのため、このイヤーパッド、残念ながらMDR-CD900STのそれとの互換性はありません。
フ:ここソニー・ミュージックスタジオでは、館内のモニターヘッドホンを全てMDR-M1STに入れ替えたとのことですが、使った方々の印象はいかがですか?
松:それが意外なほどスムーズに受け入れられている・・・というか、何も気づかず、何もおっしゃらず使ってる方も多いですね。情報を知ってる方からは「あ、これが新しいヘッドホンですか?」と聞かれますが、お陰様でそういう方もMDR-M1STの音質への評価は高く、拒否反応のようなものはありません。
フ:弊社でMDR-M1STをお求めになるユーザーは相変わらずコンシューマーの方も多そうですが、一般のユーザーが使うにあたって、ご両名それぞれからポイントや意見等あればお願い致します。
松:「プロの現場」を、MDR-M1STを通して皆さんに体験して頂きたいですね。今は96kHz/24bitの同じファイルをリスナーもレコーディングエンジニア同様に直接聴ける時代になりました。
これからソニー・ミュージックスタジオでは「MDR-M1STで作った音楽」を送り出すようになり、それと同じファイルをM1STで再生して頂けるようになります。これは凄いことだと思います。
潮:プロのためのモニター機だけにコンシューマーモデルとは少し方向性が違う部分もありますが、「ソニー・ミュージックスタジオの音」を一般のユーザーの方にも届けられるというのは大変な喜びです。
発売後にはフジヤさんなど試聴が出来るショップも出てきますので、是非一度お聴き頂ければ、と思います。
フ:本日は長い時間、丁寧にご回答頂きありがとうございました!
※初回入荷数未定のためご予約順での販売となります。現時点で既に発売日のお渡しは難しくなっています、予めご了承ください。