SONYのモニターヘッドホンMDR-CD900ST、MDR-M1ST、MDR-MV1をレコーディングエンジニアの太田タカシさんが比較レビューします。レコーディングやDTM音楽制作、リスニング用途として活躍する3種それぞれの特性を紐解きます。
目次
はじめに
SONYのモニターヘッドホンについて
SONYの各モニターヘッドホンの特徴と音質傾向比較
それぞれどのような用途に向いている?
まとめ
みなさんはモニターヘッドホンについてどのような印象を持っていますか?フラット?正確?再現性が高い?さまざまな感想があると思います。
スタジオモニターヘッドホンといえば音漏れしない密閉型が定番でしたがここ数年各メーカーが従来の密閉型だけではなく背面開放型モニターヘッドホンを発表しています。
そんな中SONYから新しいスタジオモニターヘッドホンが発表されました。それがまさかの背面開放型...!?気になっている方は僕だけではないのではないでしょうか?
そこで、今回は定番のMDR-CD900STと2019年に発売されたMDR-M1STそしてこの度発売となったMDR-MV1の3つを比較試聴していきたいと思います。
まず試聴を始める前にSONYのモニターヘッドホンの概略をおさらいしましょう。
SONYのモニターヘッドホンを語る上で外せないのがMDR-CD900STではないでしょうか?発売は1989年と30年以上前から販売されており、今もほとんどのレコーディングスタジオで標準的に使われているヘッドホンで、音響の仕事を志す人は皆1台は持っていると言っても過言ではないヘッドホンです。制作現場における「共通言語」的な立ち位置のヘッドホンともいえると思います。
そんな共通言語といえるモニターヘッドホンを作ったSONYが30年の時を経て新しく作ったモニターヘッドホンがMDR-M1STです。こちらはMDR-CD900STの後継機という位置付けではなく、新しい選択肢として開発されました。
[DEEP INSIDE VOL.9 ] 8/23発売のスタジオモニターヘッドホン "MDR-M1ST" の開発秘話を語って頂きました!【独自取材】
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MDR-M1STは新しいレコーディングスタジオやMDR-CD900STとの入れ替えで導入されていることが多いと思います。
SONYのモニターヘッドホンは、どこのレコーディングスタジオに行っても必ずと言っていいほど置いてあり、レコーディングスタジオとSONYのモニターヘッドホンは切っても切れない存在になっているといえるでしょう。
レコーディングの現場では鉄板といえるSONYのモニターヘッドホンですが、ミックス・マスタリングの現場においてモニターヘッドホンは群雄割拠の状態で、エンジニアによってメインとしているヘッドホンは様々です。そんな中、過度な味付けがなく音の立ち上がりがしっかり見えるSONYのモニターヘッドホンは選ばれやすい傾向にあります。
また、ここ数年はプロ用の音響メーカーから背面開放型のモニターヘッドホンの発表が増えてきており、開放型ヘッドホンが好きなエンジニアは意外と多いです。
しかしながら、所謂「モニターヘッドホン」という立ち位置のヘッドホンが少ないため、MDR-MV1は、エンジニアのニーズにマッチしながら360VMEというSONYの立体音響技術にも対応していることからも、立体音響のリファレンスモニターになっていくのではないでしょうか。
それでは各モニターヘッドホンを聴き比べていきたいと思います!
MDR-900ST | MDR-M1ST | MDR-MV1 | |
![]() | ![]() | ![]() | |
形式 | 密閉ダイナミック型 | 密閉ダイナミック型 | オープンバックダイナミック |
ドライバーユニット | 40mm,ドーム型(CCAW採用) | 40mm,ドーム型(CCAWボイスコイル) | 40mm |
最大入力 | 1,000mW | 1,500mW(IEC) | 1,500mW(IEC) |
インピーダンス | 63Ω | 24Ω(1kHzにて) | 24Ω(1kHzにて) |
音圧感度 | 106dB/mW | 103dB/mW | 100dB/mW |
再生周波数帯域 | 5~30,000Hz | 5~80,000Hz(JEITA) | 5~80,000Hz(JEITA) |
コード長さ | 2.5m | 約2.5m | 約2.5m |
プラグ | ステレオ標準プラグ | ステレオ標準プラグ | ステレオ標準プラグ(φ3,5mm変換プラグ付き) |
質量 | 約200g(コード含まず) | 約215g(コード含まず) | 約223g(コード含まず) |
試聴環境はMac Mini(2018)でApple MusicとProToolsを立ち上げてAPOGEE Symphony I/O(2x6)のヘッドホンアウトから出力して聞いていきます。
Apple Musicをロスレス配信で、ProToolsからは、制作中の音源を試聴していきます。
まずはMDR-CD900STです。
こちらは僕の私物なのですがイヤーパットを交換してあります。MDR-CD900STを2台持っていて1台はリケーブルやプラグ交換などカスタマイズしてしまったので今回はこちらのイヤーパット以外は、純正のもので試聴していきます。
見た目はなんでしょうか、見慣れ過ぎててコメントが出てきません。。(汗
いつものアイツみたいな安心感があります。レコーディングスタジオで演奏者用のヘッドホンとして使用しようとしたら違うメーカーのヘッドホンが出てきたら不安になるくらい、いつものアイツです。
MDR-CD900STをいつ使っても最初に感じるのは、少し硬めの音色と立ち上がりの速さです。
低音感は今のヘッドホンに慣れてる人には物足りないかもしれないですが、演奏者のモニタリングとしてのタッチ感の表現やレコーディング・編集作業ににおけるノイズの詮索のしやすさは、これだよなという安心感があります。
センター感が3つの中では一番薄いですがで音場が散っているわけではないのでLRがすごくしっかりしており、ダイレクトに出音がくる感覚があります。
次にMDR-M1STです。
レコーディングスタジオで音は聴いたことがあるのですが、じっくり聴くのは初めてでした。
見た目はいつものアイツが洗練されたという感じです。MDR-CD900STから意匠を受け継いでおり、モニターヘッドホンとして受け入れやすい感じがとても好印象です。
イヤーパッドもヘッドパットもMDR-CD900STよりもクッション性が強いので、長時間つけていても痛くなりません。ケーブルも脱着式になっているのがとてもGoodですね!長く使っていると一番ダメになりやすいところなので交換できるのは最高です。
肝心の音ですが試聴した最初の印象は「今っぽい」でしょうか。低音の量感がMDR-CD900STよりも多く、センターが低域から高域まですごくしっかりしているのでベースが散らずに真ん中でしっかりと定位しています。
MDR-CD900STと比べると低域が出ている分高域は落ち着いて感じます。音場は広くなくダイレクトな印象なのはMDR-CD900STに似た印象です。この低域の量感の違いから演奏者は特にこちらの方が好きという人が多いかもしれません。
LCRがしっかりしていて低音が多いので、編集時のノイズチェックにおいてはMDR-CD900STの方がしやすいのではないでしょうか。低域の定位感はとても好印象でした。
そしてMDR-MV1です。みてくださいハウジングに穴が開いてます。笑
背面開放型なので当たり前ですが、長年ほぼ毎日のようにSONYのモニターヘッドホンを見ている僕からすると見慣れないので不思議な感じがします。
不思議な感じがするもうひとつの理由が、MDR-M1STと同じようにスタジオモニターとしての意匠を受け継いでいることもあるかもしれません。デザインの説得力の高さというのでしょうか。プロの道具であるという佇まいがあります。
こちらもケーブルは脱着式です。
重さも見た目以上に軽く、クッション性も含めて装着感が、MDR-M1STよりもさらに向上していると思います。開発経緯や用途的にも、より長時間装着することを想定されているからでしょうか。
音の傾向としては、センターラインの解像度やステレオの音場感はMDR-M1STと似た傾向を感じますが、わかりやすい違いはMDR-M1STよりも低域に若干の広がりを感じるところでしょうか。とはいえ、おもしろいと思ったのが通常の開放型ヘッドホンのような広がり方はしていないところです。
開放型ヘッドホンは音の広がりがある代わりに少し音を遠くに感じたり、解像度が少し落ちる感じがすることが多いのですが、MDR-MV1はあくまでもモニターとしての距離感と解像度を持っており開放型なのにダイレクトに音を感じるヘッドホンです。
若干低域が広がると前述しましたが、あくまでもMDR-M1STとの比較であり、他の密閉型ヘッドホンと比較してもしっかりと見える感じがありました。
これまで3つのヘッドホンを試聴してきましたが、それぞれどのように棲み分けできるのか考えてみました。
レコーディングスタジオにおけるモニターヘッドホンとしては現役でNo.1のシェアです。音楽制作、映像制作、ライブPA現場でのリファレンスとしてしての地位はまだまだあると思います。
価格差もありますのでMDR-M1STにとって変わられることはまだ先のことではないでしょうか。しかし、リスニング用途としては、低域の量感などから少し物足りなさを感じるのも事実でしょう。
【商品情報】SONY MDR-CD900ST
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現在の技術で新しいモニターヘッドホンとのコンセプト通り、定位感・低音感もありつつモニターとして重要な解像感もしっかりあるので音楽制作用途としてはもちろんリスニングにも適していると思います。
DTMで音楽制作をしている方の普段使い兼モニターとしておすすめしたいヘッドホンです。新しい基準ができるのではないでしょうか。
【商品情報】SONY MDR-M1ST
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MDR-M1STの音感を受け継ぎつつイマーシブ(立体音響向けのミックス処理)オーディオにも対応するヘッドホンです。長時間つけていても疲れない機構もサウンドも高いレベルなので打ち込みやライン録音、ミキシングやマスタリング、モニターライクな環境でイマーシブオーディオを楽しみたい方はファーストチョイスになってくるのではないでしょうか?
※イマーシブオーディオを体験するためには対応したアプリとストリーミングサービスが必要です。
ただ、開放型という特徴からマイクを使ったレコーディング時や外での使用は音が漏れるので向いていません。
イマーシブオーディオに関するミキシングエンジニア向けのソフトウェアも提供されており、その専用ヘッドホンでもあるようなのでエンジニアである僕も目が離せない製品になりそうです。
【商品情報】SONY MDR-MV1
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最後に、ヘッドホンのレビューを制作するにあたって音源を試聴しながらレビューしてきたわけですから、では、どのような音楽を聴くのに向いているの?と聞かれるかもしれません。
3つとも共通してお伝えできるのが、向いている音楽も向いていない音楽もない。ということです。
何を言ってるんだ思われてしまうかもしれませんが、個人的にはそれがモニターヘッドホンのあるべき姿だと思っています。それは、3つとも音色はそれぞれ違えど出てる音に「脚色を加えずに再生する」を見事に形にしているプロの道具だと感じています。
このヘッドホンでこのジャンルを聴くと感動するとか気分が上がるというマジックみたいなものはないですが「これは今この音です。」をいつでもどんな音でも出してくれる。そんな信用のできるヘッドホンです。